アメリカ北西海岸のシアトルから南に約40分ほど行ったところにある、中規模の地方都市タコマ。ダウンタウンに近いヒルトップ地区には、「グアダルーペ・ガーデンズ」と呼ばれる7つのコミュニティ・ガーデンがある。10年前、「カソリック・ワーカーズ」という市民運動の団体が中心となって、ゴミ捨て場や麻薬常習者たちのたまり場と化していた空地を片づけ、これらの庭を作った。
ヒルトップ地区は、以前は麻薬中毒者やホームレスの人々がたむろし、通りすがりに人を撃つドライブ・バイ・シューティングなども頻発する危険な地域だったという。それが、庭ができ、「カソリック・ワーカーズ」の有志や市民が、ホームレスの人々とともにオーガニックの野菜作りを始めてから、それまでこの地域には近づかなかった人たちが訪れるようになった。CSA(Community
Supported Agriculture)という日本の生協に似たシステム(自分のサポートする庭/畑の収穫物を直接買う)を始めて以来、新鮮なオーガニック野菜を買いにくるミドルクラスの人たち、庭仕事を手伝いにくるボランティアの学生たちなどの往来で、地域の雰囲気はずいぶん変わったという。
ところが2000年、タコマ市街の開発が進むにつれ、それまで空地を放任していた不在地主が、庭の一つを売ってしまう。「フラワー・ガーデン」と呼ばれていた庭は、アスファルトの駐車場になってしまった。
地域の再生に貢献してきた大切なコミュニティ・ガーデンを守ろう -- 庭にかかわってきた人びとが集まり、NPO「ランド・トラスト」を立ち上げた。NPOが土地の所有者になれば、ほぼ永久的に庭を保全することができるからだ。
ところが、そうこうするうちに、またしても庭の一つが売りに出された。ぐずぐずしていたら、そこも駐車場かマンションになってしまう。だが、その土地を丸ごと買い取る資金はとても集められそうにない・・・。
そこで思いついたのが、低所得の人々のための住宅を供給するNPOとタイアップすることだった。庭の隣に低所得者用住宅を建設するかわり、庭を丸ごと保全するという計画を、そのNPOと共同で市当局に提案したのである。計画は市に承認され、庭は無事保全されることになった。
グアダルーペ・ガーデンズは、タコマ市でもっとも荒れた地域と言われたヒルトップ地区を大きく変えた。人と人が出会う場を創りだし、多くの人々の心を癒してきた。たとえば、元ホームレスだったダニー。
ダニー(41歳)は5年前、庭の片隅で寝起きしているところを、グアダルーペ・ガーデンズのスタッフに声をかけられ、庭仕事を手伝い始めた。テキサス州で生まれ育ち、農場労働者としてワシントン州に来たダニーは、アルコール依存症となり、職を維持できなくなってホームレスになったという。庭で寝起きしていた頃のダニーは一言も言葉を話さなかったので、まわりの人々は、彼は口がきけないのだと思っていたらしい。それが、野菜を育てるうちに、少しずつ話をするようになった。その日暮しだった生き方にも、庭をとおして自然のサイクルが戻り、アルコールとは手が切れた。「いまはここが自分の居場所だ」と、彼は言う。
ハイジ(46歳)も、元ホームレス。彼女は裕福な家庭に育ち、高い教育を受けていたが、麻薬中毒となり、ホームレス生活をしていたのだという。それが、サンフランシスコで受刑者や麻薬中毒者のリハビリのためのオーガニック園芸プログラムを展開していたNPOに出会い、庭の力に目覚めた(「野菜がかれらを育てた」に詳しい)。
「農薬を使わないオーガニックの野菜がすくすく育つ様子を見るのは、私自身が麻薬から解放されていくのを見るようだった」と、ハイジは言う。やがて移り住んだタコマでグアダルーペ・ガーデンズのことを知り、いまでは庭の中心メンバーとして働いている。
日本の都市部でも、緑地だった土地の所有者が死亡し、家族が相続税を払えないために、土地を物納せざるを得ないケースがあとをたたない。私の住む東京都練馬区でも、最近、人々の憩いの場だった市民農園が取り壊され、大型マンションになってしまうという残念なできごとがあったばかりだ。
都市の緑は、気づかないうちにあっという間に開発の波に飲まれ、消えてしまう。ダニーやハイジのような人々をも抱擁し、人と人を結びつける都市の緑をどうやって守っていくか。このコラムでも、できるだけさまざまな試みを取り上げていきたい。
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